家族を亡くした子ども達へ。
最大の挑戦が始まった
亡くなった方、行方不明の方が5千5百人を超えた石巻市。3月中旬、東日本大地震・津波遺児と初めて出会った。その小6の女の子は、母親と弟を亡くした。 彼女自身も、一緒に津波に流された。しかしトラックにしがみついて、奇跡的に助かった。
避難先の彼女はヘッドホンで音楽を聴きながら、ゲームをしていた。私が保護者の方と話していた1時間、彼女はずっと無表情だった。動かない、話さない。 ひたすら、画面を見続ける。その姿は、ゲームを楽しんでいるようには見えない。
「母、弟の死。津波で流された車、家、街。自分自身の命の危機」
そんな現実を、受け止められない。そう見えた。
ゲームの画面をみつめる彼女のまなざしは、虚無感と悲しみにあふれていた。
その日だけで、6人の遺児を訪問した。広範囲に多くの遺児が生まれた。
あしなが東北事務所の林田所長、若宮職員、富樫職員、遺児学生を中心に、「あしなが支援制度お知らせチーム」を結成。岩手県沿岸の避難所、学校約400 か所を訪問。「一時金・奨学金」のポスターを貼る。避難所の責任者や先生に説明する。「お知らせチーム」の効果は抜群。一時金申込み数は500件を超え た。
16年前の阪神大震災での、ローラー調査を思い出す。約千人のボランティアが、573人の震災遺児を探してくれた。行政にも出来なかったことだ。神戸レ インボーハウスの心のケア活動に、ローラー調査は不可欠だった。
すべての津波遺児を見つけたい。「お知らせチーム」の活動はその原動力、原点になる。あしなが運動40年で、最も勇気を持った、最も大きな挑戦が始まっ ている。市民の方々の応援も必須だ。津波遺児探しのお知恵やお力を貸してください。
「悲しみがいっぱいで、自分の命を支えられない」
それほどに、深く悲しみ、思い悩む。そんな津波遺児が心配だ。自暴自棄、無気力になっている子ども。幼い遺児は赤ちゃんがえりをしているかもしれない。
被災地に入る前日、大人になった阪神の遺児からメールが届いた。
「私はあしなが育英会に出会わなければ、生きてこられた自信がありません。生きる力と、父の死と向き合う勇気をくれました。感謝の気持ちでいっぱいで す」
津波遺児たちに、生きる希望を見つけてほしい。ひとりぼっちにさせたくない。(八木俊介=あしながレインボーハウス・チーフディレク ター 2011・4・22記)
以上、あしなが育英会HPより転載。
皆さまのおかげさまできなこクラスより、仙台レインボーハウスの建設費として、
72,000円 寄付することができましたのでご報告させていただきます
きなぽんTシャツ分
750円 × 80枚 =60,000円
(現在69枚ご購入いただきました!後の11枚は、見込みと気持ち)
イベント分
300円 × 40組 =12,000円
少しでも、気持ちが届きますように。
1日でも早く、笑顔で前を向いて歩けるようになりますように。
元気でいられる私たちは、今ある命と今ある幸せに感謝して
きなこクラスのみんなも、応援してくれているよ
きなこも応援しつづけるよ
あしなが育英会の皆さま、よろしくお願いいたします
クレジットカードより寄付。以下、受信した確認メールです。